オフィスの役割が問われるとき

セヴィル・ピーチへのインタビュー

高い快適性と生産性を育むオフィスデザインとは?1994年、ロンドンに自身のデザインスタジオを構えてから20年余、インテリア専門の建築家であるセヴィル・ピーチはこの疑問に向き合ってきました。グローバルに展開する大企業からスタートアップ企業まで、あらゆるオフィスをデザインする中で、規模に関わらず優れたオフィス・働く環境には、2つの価値が必要であることに彼女とチームは気づきました。それはコネクションとコラボレーション、つまり、人と人を繋ぎ、新たな何かを生み出す場であることです。COVID-19によりオフィスは180度変わってしまうでしょうか?建築家やインテリアデザイナーはまったく新しいオフィスを発明しなくてはならないのでしょうか?「慌てることはありません。」その問いにセヴィル・ピーチは悠然と答えています。

現在、世界中の多くの人々が自宅で仕事をしています。あなたも同僚たちも皆、例外なくその一人です。しかし、世界中を飛び回っているデザイナーであるあなたにとって、リモートワーク自体はけして初めての経験ではないと思います。世界中の数々のクライアントと仕事をしてきた経験を振り返って、自宅から働くこと、リモートワークの価値とは何でしょうか?そしてその欠点とは?

今回の危機以前から、社員のワークライフバランスを考える動きの中で、個々人の暮らしに合わせた時間帯を選んで自宅で働くという働き方は広まりつつありました。その働き方を好む人に対しては、オフィスの必要性は60から70パーセントといったところだったでしょう。そのため、自宅で働くという状況自体は目新しいことではありません。場所や時間に関わらず働くことができるテクノロジーやツールも整いつつあります。

私たちにとって、ロンドンのオフィスから国際的なプロジェクトを進行させていくためのリモートワークは日常でした。電話やオンライン会議、メールでプロジェクトを進めることに対し、今までも特に不便であるとは感じていません。しかし、特別な会議やクライアント、コラボレーターに直接会うために出張をすることも多々あります。個人的な会話やコミュニケーションが、アイデアや感情を伝えるのにどんなに重要か、経験から学んできました。握手もできない、チームとして集まることもできない今の状況は明らかに問題です。つまり、私たちはリモートワークに適している仕事とそうでない仕事を区別しなくてはならないのです。集中する作業は前者であり、コラボレーションやイノベーションを生み出すことは後者に当たります。この違いについて意識的であるだけで、誤解から生じる絶え間ないメールの応酬が無くなり、現在余儀なくされているリモートのみのコミュニケーションが円滑になるのではないかと思います。
「オフィスは残ります。その形を変えて。」

感染症への脅威が少しずつ減り、完全に収束したその時でも、人々は自宅で働き続けるでしょうか?働く文化はどのように変わるでしょうか?

感染拡大の状況がより明確になり、私たちがウィルスを制圧できたとしても、新しい日常のルールや暮らし方、働き方に慣れた人たちの一部は、引き続き家で働くことを望むかもしれません。ロックダウンで得られた学びのひとつは、アウトプットについては自宅からのリモートワークが思った以上に有効であったということ、もうひとつは、チームや同僚、仲間とともに働くことがどんなに大切であるかを改めて実感できたということです。仕事に特に支障はないけれど、とにかく人に会いたい、という声を多くの友人やスタッフから聞いています。

また、リモートワークは時間の節約と有効活用になることも学びました。ロンドンでは、1日のうちの数時間が通勤のために費やされることもしばしばです。例えば一週間の中で2日は自宅で働き、3日はオフィスに行くという働き方は今後大いに考えられます。ビフォーコロナ時のインタビューで述べたように、場所や時間を選ばず仕事ができるようになるほど、オフィスもまた必要不可欠なものとなるでしょう。例えば、オフィスが工場のように生産の中心であった時代はとうに過ぎ去っていますが、自宅では不可能なインフラと組織で働くために必要な環境が整った場であることは変わりません。また、オフィスは企業文化を具現化した場所であり、社員同士または他社や第三者とのコラボレーションの拠点となる場所です。
直接顔を合わせ他者と交流することを通じて、人は進化し、発展してきました。家族や友人のグループ、チーム、企業、国など社会的な集団の中にこそ、人は自分の存在意義を見出します。突如始まったこのホームオフィス期間は、社会から遮断され自分自身を見直す良い機会になったかもしれませんが、これは人として自然な状態であるとはいえません。個々人が望んでも望まなくても、人間は社会的な動物なのです。

オフィスは人と人の相互作用を促し、イノベーションを生み出す場です。チームとして集まり、仲間と会い、コミュニケーションとコラボレーションを通して経験と知識を共有し、学び合う場所です。これらの理由から、オフィスは無くならないと私は思います。でも形は変わるでしょうね。自分だったらどうでしょう、想像してみてください。アフターコロナのオフィスは、習慣的に何となく行く場所ではなく、行きたいと思えるような場所、行く必要がある場所でなくてはなりません。

それはどんなものだと思いますか?仕事をするだけの場所ではなく、企業文化を表現するだけの場所でもなく。どのような場所と定義したらよいでしょうか?

将来的に、オフィスやワークプレイスは仕事だけをする場所ではなくなると思います。ワークという言葉から始まることもなくなり、名前すら変わるのではないかしら。今回、強制的に隔離された経験から、「仕事」とは、オフィスに行くことではなく、自らの行動と他者との相互作用によって進むものだと実感した方が多いのではないでしょうか?それぞれ異なる環境にあっても、それぞれの作業、課題に取り組むことができ、十分に仕事として成り立つことを経験したことでしょう。ロックダウンにより自宅で仕事をせざるを得なかった時期、私たちは、時間を自分に合った方法で管理する術を学びました。朝、メール返信を済ませたのち、子供と遊び、その日天気が良ければ洗濯機を回しながら庭で仕事の電話をかけ、1日何回か料理をし、そしてこっそり昼寝まで。とても短い期間で、私たちは自分の時間を有効に、かつ多目的に活用しながら、毎日発生するあらゆる事柄に対応し達成するスキルを身につけたのです。

安心できる状況で私たちがオフィスに戻る日が来たとしても、このように時間や課題を整理して柔軟に対応していく日々を続けたいと思うかもしれません。
ロックダウンの前でさえ、オフィスに通勤し席についてから1日中動かないという人はほぼいません。私たちはいつでも、ルーティーンではない、あらゆる課題に向き合うべく、同僚や他者と会話し、動き回っています。

これからのオフィスは、課題や作業に取り組むために必要なサポートを提供する場になるでしょう。チームワーク、一人で集中する作業、メールやデスクワーク、ミーティング、コミュニケーションなど、あらゆる場合を想定したスタジオのようなイメージです。感染症対策の行き届いた安心で安全な環境であることが前提となります。

地平線のようにデスクが並ぶだけのオフィスから、もっともっと多元的で人間中心的な温かみのあるデザインに変わっていくことは良いことだと思います。オフィスは、人のための心地よい場所であるべきです。また、オフィスを改革することは企業側にとっても挑戦的な試みです。7000人をひとつのビルに収容してきたような大企業にとっては特にそうでしょう。会社役員は、ガラガラになったオフィスを維持し、運営するためにどのくらいの費用がかかるのか想像するでしょうし、前述した通り、本当に必要なオフィスの役割とは何か、有効な使い方とは何かを模索しなくてはなりません。

ロックダウン前、ニューヨークのある会社から、郊外にサテライトオフィスを建設中であると聞いて、興味深く感じていました。それは、毎日社員が都心まで長い時間をかけ通勤する無駄を省くためです。通勤疲れや燃え尽き症候群が企業にとって増々深刻な問題になっている現状を考えると、これはワークライフバランスを改善するだけでなく、都心への交通の集中と二酸化炭素排出量を削減するというプラスの効果も見込めます。

最後に、現実的な質問をいくつかお聞きします。短期的および長期的に何が必要だと考えますか?

短期的には、人と人の適切な距離を保つため、リモートワークを続けることが可能な人と、オフィスに戻って働くことで企業に高い貢献をもたらす人を分けることが必要でしょう。一週間の内、リモート作業の日とオフィスで働く日を半々にすることで、オフィス内の人の密集を避けることができます。長期的に必要とされることは、オフィスは通勤して働くための場ではなく、イノベーションのための社会的ハブ、拠点となる場であるという共通認識を確立することです。

オフィスを改革する際に気をつけるべき点はなんでしょうか?

まずは慌てないことです。COVID-19は永続的な脅威ではなく、一時的なものであると予想されます。そのため、今現在はオフィスに戻る社員の健康と安全を守るための対策に努めるべきですが、さらに長期的な影響を考慮すべきです。過去に回帰することは避けなくてはいけません。安全を考慮するあまり、個室に閉じこもるようなワークカルチャーに戻ることがないように気をつけたいですね。

オフィスレイアウトをアフターコロナに合わせて変える際、「ニューノーマル = 新たな常識」で今後は必要なくなる点と意識的に残すべき点はなんでしょうか?

「ニューノーマル = 新たな常識」について議論することは時期尚早であり、むしろ今すべきことを検討する妨げになる可能性があります。私たちは、今、変化の途中、過渡期にいることを認識する必要があります。状況を注意深く見極めながら柔軟に対応していかなくてはなりません。人と人との距離を取る、いわゆる「ソーシャル ディスタンシング」は、一時的なものであると予想されますが、非常事態の今、直面している現実です。そのため、既存のオフィスや製品を大規模に変えることのない工夫と創造的な解決策が求められます。私とチームは、これまで、働く人自身がどう働くかを選ぶことができるようなオフィスを設計してきました。そのため、現在の状況であっても、自然に対応することが可能です。私は、オフィスを静的な場ではなく、企業や組織の需要、テクノロジーの進化に合わせて常に変化する動的な場であると考えています。規模も含めオフィスの役割とは何か、それは、どのような状況にあっても対応し、変化するというコンセプトに帰結しますね。

Publication date: 15.5.2020
Images: © Jansje Kalazinga, Gilbert McCarraghe, TMiyamoto

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