オフィスがアイデンティティを作る

ピルヨ・キーファへのインタビュー

ヴィトラ本社にはインテリアデザインサービスという部署があります。その責任者であるピルヨ・キーファと彼女のチームは、企業のオフィスやワークプレイスデザインをサポートする仕事に携わってきました。彼女は、COVID-19以前から、デジタル化やグローバル化の波の中で、働く環境が根本的に変わりつつあることを感じていました。アフターコロナの世界で、働く環境づくりに携わる人たちは何を考えるのか、話を聞きました。


徐々に人々がオフィスに戻り始めた今、ヴィトラのインテリアデザインサービスの部署が行っているのは、例えば空間内の距離をいかに保つかといった応急的な対処が主です。それはヴィトラ本社のその他企業も同様と考えられます。現状への即効的な対処の鍵となるのは何だと思いますか?

オフィス内にある椅子やテーブルなどの家具を間引いて、社員同士の適切な距離を保つ、これはすぐに実行可能ですね。しかし、問題ははるかに複雑です。ある意味やりがいのあるチャレンジともいえます。本当の課題は、社員ひとりひとりにソーシャルディスタンシングを意識づけ、守らせるデザインとは何かということです。警告や禁止のサインをあちこちに貼るだけでは、みな不安になり、萎縮してしまうでしょう。警告を貼らなくてはならないということ、それはつまり、人は喉元を過ぎれば熱さを忘れるものだということ、いかに人が感染への恐れや予防の大切さをすぐに忘れてしまうかということの裏返しでもあるわけです。大切なのはバランスです。例えば、ミーティングルームに椅子がたくさんあったとしても、何らかの形で「使用しないでほしい」と示されていたら、みな自然とその椅子を使うことはないでしょう。人の共感と行動までを考慮してプランを練り上げること、それが今求められていると感じています。

どういったタイプのオフィスがアフターコロナへの順応性が高いと思いますか?

いくつか興味深い発見がありましたが、その一つは、もともとオープンな構造のオフィスの方が、アフターコロナの状況に対して柔軟性が高く、変更も効率的だという点です。現時点では、多くの人がオープンなオフィスの終焉を謳っているにも関わらず。つまり、実は、空間の構造自体は、さほど問題ではないということです。とはいえ、順応性という点では、あらかじめ変化や変更を前提として作られたオフィスが圧倒的に有利です。柔軟性の高いデザインのオフィスといえば、ステファン・ヒュルレマンによる「ダンシング オフィス」やセヴィル・ピーチによる「シチズン オフィス」がその代表です。逆に、もともと細かく区切られた空間のオフィスでは、後から出来ることが非常に限られてきます。せいぜい空間を小さく切り刻み、ホームオフィスのように一人用に縮小することくらいでしょう。こういった状況になると、どうしてオフィスにわざわざ行かなくてはならないか、分からなくなってしまいますね。

なるほど、まさにその通りですね。では、なぜオフィスに行くのでしょうか?自宅でもオフィス同様の効率的な仕事ができると気づいた人も多くいるようです。それについてはどう思いますか?

デジタルアソシエーションのBiktomが実施した調査によると、今回の危機に直面し、ドイツの教育機関で働く教授のうち、なんと半数が、初めて自宅で働くという経験をしたそうです。その経験から、ホームオフィスに有効なテクノロジーの開発とデジタル化がこれからさらに加速するといわれています。スタンフォード大学によれば、多くの研究者が自宅でも生産的に研究に勤しむことができ、むしろホームオフィス期間の方が研究がはかどったと答えたそうです。しかし、オフィスに戻りたいという人も同じくらい多くいるはずです。それはなぜか。歴史を変えるような革新的なアイデアの80パーセントは、人と人の直接的なコミュニケーションから生まれてきたことを、私たちは体で感じているからです。マサチューセッツ工科大学(MIT)の調査でも同様の結果が報告されています。デジタルテクノロジーの発達により、場所を選ばずプロジェクトの進行と管理ができるようになり、それは今後ますます顕著になっていくでしょう。同時に、確かなこと、それは直接的なコミュニケーションに代わるものはないということです。特にそれが重要な内容であればあるほど、クリエイティブで革新的なことであればあるほど。将来的には、コラボレーションという過程や行動のための場所、サポートする場所として、オフィスはデザインされるようになるでしょう。企業側に求められることは線引きです。この仕事や作業がどのような類のものなのか、ホームオフィスの方が効率的なのか、オフィスに行くべきなのか、それぞれ独自の基準を定めるべきでしょう。優劣ではなく、ベクトルです。企業、チーム、個人ごとにまったく異なるため、一概に決めることも難しいですが。

COVID-19以前のオフィスプラン

COVID-19以後のオフィスプラン

近い将来、私たちはどういった環境でどのように働いていると思いますか?

私たち、プランニングを担当する者にとっては、とても興味深い質問です。今、私たちの部署では、構造やデザインのハードの部分だけではなく、「ソフト」への関心が高まっています。私たちはあらかじめ、あらゆる場面を具体的に想定してプランニングをしなくてはなりません。例えば、ここで何の会議がどのように行われるのか、あらゆる事柄に対応できる空間をいくつ、どのように編成していくのか。

もう一つ。ホームオフィスという働く環境の中で、完全に抜け落ちてしまうもの、それはアイデンティティです。私たちは、企業文化やチーム、組織自体と組織の一員である自分を見失ってしまいがちです。自宅でも変わらず働けるから、オフィスに戻る必要はない、そう主張する社員に向けて、企業側、雇用主は改めて考える必要があります。家にはない、物理的なオフィスが社員に提供できるものとは何なのか。それこそが、企業アイデンティティに他なりません。企業にとって、働く社員にとって、とても大切なことです。私たちは、オフィスでの会議において意見やアイデアを交わすことで、その企業やチームにとって大切な価値観や世界観を互いに確認し合い共有し合っていたのです。私たちプランナーにこれから求められるのは、フィジカルな体験の場としてのワークプレイスだと考えています。

Publication date: 29.5.2020
Images: © Vitra

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